東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)31号 判決 1989年1月31日
原告
谷川寿光
被告
建設大臣
小此木彦三郎
右指定代理人
三代川俊一郎
外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和六三年一月一一日付けでした原告の審査請求を却下するとの裁決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和六二年九月三日、首都高速道路公団(以下「公団」という。)が申請した首都高速道路に係る料金及び料金の徴収期間の変更を認可した(以下「本件認可」という。)。
原告は、被告に対し、昭和六二年一一月右認可につき審査請求の申立て(以下「本件申立て」という。)をしたところ、被告は、昭和六三年一月一一日付けで、右認可は、行政不服審査法上の不服申立ての対象となる行政庁の処分に該当しないとの理由により、右申立てを却下する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。
2 しかし、本件認可は、右行政庁の処分に該当するから、実質的審査を行わずに本件申立てを却下した本件裁決は違法である。
(一) 行政不服審査法は、行政庁の不当な処分に対しても不服申立ての途を開いている。不当処分では権利又は法律上保護された利益の侵害はあり得ない。したがって、行政不服審査法による不服申立てにおいては、処分の不当性の審査を受けるべき申立人の範囲はそれ相応に広くなるべきであって、行政訴訟とは異なり、事実上、経済上の利益あるいは、認可処分の第三者の反射的利益を侵された者も不服申立てをすることができるものと解すべきある。
(二) また、右不服申立ての制度は、国民に広く不服申立ての途を開くことにより、行政庁にその行為の客観的法適合性ないし正当性について自己審査をさせる制度でもある。この考え方からいえば、当該処分を争うだけの利益状態が事実上でもあれば、不服申立てが認められるべきである。
そして、原告は首都高速道路を頻繁に利用する者であるから、本件認可に対し、不服申立てできる地位を有するものというべきである。
(三) いわゆる認可処分の第三者が、当該認可に対し、行政不服審査法又は行政事件訴訟法に基づいて不服申立てないし取消訴訟等を提起できるかどうかについては、最高裁昭和三七年一月一九日判決(民集一六巻一号五七頁)等において、第三者に取消訴訟の原告適格が容認されているし、学説ではそれを肯定するものがむしろ多数意見である。
(四) 電気事業法、ガス事業法は、いずれも事業者が作成した供給規程を監督官庁の認可事項としているが、同認可に苦情のある者は苦情の申出ができることになっている。個別の法に不服申立てに関する規定がない場合は、一般的に行政不服審査法の規定によるものであるから、電気やガスの事業者、国、利用者の関係と変わるところがない公団、国、道路利用者の関係においても、認可に対し道路利用者が不服申立てできるものと解すべきである。
(五) 道路利用料金の認可は、事業主体が公団である関係で公団に対してされるが、利用料金を支払うのは道路利用者であることからすれば、被告、公団、利用者の三者関係の中にある。
右のような関係の中では、料金の決定に際し、何らかの手続で利用者の意見、声が反映される仕組が設けられるべきである。いわゆる公共料金については、公聴会制度とか不服申出制度等、需要者の意見を反映できる制度が設けられている。
しかるに、本件道路利用料金の決定に当たっては、公聴会制度さえ存在しない。かかる場合にせめて行政不服審査制度の趣旨に沿い、料金認可に対し不服申立ての途を設けておく必要があり、法解釈上もそのように解釈すべきである。
3 よって、本件裁決の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否、反論
1 請求原因1の事実を認める。
2 同2の主張を争う。
本件認可は、行政不服審査法上の不服申立ての対象となる行政庁の処分には該当しない。
首都高速道路公団法その他の法令の諸規定からすれば、公団は、その設立、役員等の任免、平素の業務に対する監督、予算、会計に対する監視、経済的援助等、その存立、存続のすべての面において被告又は政府と密接な関わりを持ち、実質的には広い意味で国家行政組織の一部をなす一種の政府関係機関であると解することができ、被告の下部機関と称しても過言ではない。公団と被告の右のような関係を前提とすれば、本件認可は、行政機関相互間の内部的行為に準ずるものというべきであって、国民に対し、直接権利を創設し、義務を課す等の具体的な法律上の効果を発生させるものではないから、右処分に該当しないと解すべきである。
したがって、本件不服申立ては、認可を行った被告自身に対する申立てである点において、行政不服審査法五条の審査請求と認めることはできず、仮に同法六条二号の異議申立てと解するとしても、本件認可は行政不服審査法上の不服申立ての対象となる行政庁の処分に該当しないから、いずれにしても不適法である。
よって、本件裁決に何ら違法はない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二本件認可が行政不服審査法上の不服申立ての対象となる行為に該当するかどうかについて
行政不服審査法上の不服申立ての対象となる行政庁の処分(同法四条一項本文、二条一項)とは、行政庁の行為のうち、行政庁が、法令に基づき、優越的立場において直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する行為をいうものと解される。
ところで、道路整備特別措置法及び首都高速道路公団法の諸規定によれば、公団は、有料道路制度により東京都の区の存する区域及びその周辺の地域における自動車専用道路の整備を促進することを目的として設立され、本来国又は地方公共団体の権限に属する道路の整備、維持管理に関する事業を実施する権限の一部を右目的の下に委託され、施行する公法人である。そして、首都高速道路公団法によれば、建設大臣は、公団の役員及び委員の任免を司り(一一条、一四条、二〇条、二三条)、公団の資本金の増額の認可(四条)、予算及び事業計画の認可(三三条)、財務諸表の承認(三五条)、借入れの認可(三七条)等をするものとされ、また、公団の業務についても、業務開始の際に業務方法書を認可し(三一条)、平素の業務全般を監督し(四五条一項)、必要があるときは、公団の業務に関し監督上必要な命令をすることができ(同条二項)、首都高速道路の新設、改築、維持、修繕等の業務について基本計画を定めて公団に指示するものとされている(三〇条)。さらに、道路整備特別措置法によれば、公団は、建設大臣の定めた右基本計画に従って首都高速道路を新設し、又は改築して、料金を徴収することができるものとされ(七条の二)、公団がこの規定に基づいて首都高速道路を新設し、又は改築しようとするときは、路線名及び工事の区間、工事方法、工事予算等を記載した工事実施計画書について、建設大臣の認可を受けなければならないものとされている(七条の三)。このような法律の規定の内容に照らすときは、建設大臣と公団とは、公団の事業の遂行に関して実質的に上級行政機関と下級行政機関との関係に立つものというべきであり、道路整備特別措置法七条の四第一項後段において規定されている公団の首都高速道路の料金額及び料金徴収期間の変更に係る建設大臣の認可も、公団の性格及び建設大臣との間の右関係を前提として、料金額及び料金徴収期間が首都高速道路の維持管理に関する事業において重要な事項であることに鑑み、公団の行うその変更について、実質的な上級行政機関としての建設大臣が法定の要件の具備等を審査して行う監督手段としての承認の性質を有するものと解するのが相当である。
したがって、本件認可は、行政上の決定に至る行政過程内における行政機関相互間の行為であって、行政行為として外部に対する効力を有するものではなく、また、これによって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものではないから、行政不服審査法上の不服申立ての対象となる行政庁の処分には該当しないものというべきである。
なお、原告の請求原因2(一)ないし(三)の主張は、誰が行政不服審査法上の不服申立てを行うことができるかという申立人の適格の問題に係るもので、本件認可が右不服申立ての対象となる行政庁の処分であるかどうかという問題に関するものではなく、また、原告の請求原因2(四)の主張は、電気事業法及びガス事業法上の苦情の申出制度の存在を根拠として、本件認可が不服申立ての対象となる行為に該当する旨を主張するものであるが、右苦情の申出の制度は、電気事業法一一一条二項、ガス事業法五一条二項に、所管の大臣は、苦情の申出があったときは、これを誠実に処理し、処理の結果を申出者に通知しなければならないとする規定が置かれていることからも明らかなとおり、利用者に、電気、ガスの供給等に関する業務につき、所管の大臣の監督権の行使を促す地位を認めたに止まり、同大臣の認可等に対し不服申立てをする権利まで認めたものと解することはできないから、原告の主張は、採用することができない。さらに、原告の請求原因2(五)の主張は、立法論にとどまるものであって、解釈論として採用するに足りない。
以上によれば、本件申立ては、不服申立ての対象とならない行政庁の行為を対象としたものとして、不適法であるから、これを却下した本件裁決に原告主張の違法はないものといわなければならない。
三よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官北澤晶 裁判官中山顕裕)